塩崎研究室
鹿児島大学水産学部食品生命科学分野
インタビュー
2020.09.18
うつ病のゼブラフィッシュって何?水棲生物から人間の健康への応用を目指す|鹿児島大学塩崎一弘准教授インタビュー【前編】
鹿児島大学水産学部食品生命科学分野の塩崎一弘准教授のオンラインインタビューです。
塩崎研究室では「水棲生物研究を人間の健康へ応用する」というテーマを掲げ、ゼブラフィッシュを用いた疾病モデルで人のうつ病の薬を創るなどのユニークな研究をされています。
どのような研究なのか、なぜこのテーマに辿り着いたのかなど様々なお話をお伺いしてきました!
ゼブラフィッシュを用いた疾病モデルでうつ病の研究
はじめに研究内容についてお聞かせください。
塩崎
魚(水棲生物)、遺伝子工学、分子生物学、機能性食品といった幅広いキーワードで研究しています。一つ目のコアとなるのが病気に関するモデル、創薬や機能性食品の研究です。
具体的にはどのようなものでしょうか?
塩崎
例えば、うつ病のゼブラフィッシュを使った人間の創薬や機能性食品の開発ですね。うつ病だけじゃなく、ゲノム編集技術を使って疾病モデルを作ることをメインの研究としてやっています。
おぉ!とても興味深いテーマです!
塩崎
なかでも具体的に注目している遺伝子やタンパク質があって、タンパク質に対する糖鎖分子の遺伝子の機能や働きを基礎に、疾病モデルを作って治療や創薬に役立てようというのがベースの考え方です。魚も感情に左右される?!
特に注目しているテーマはありますか?
塩崎
情動障害を伴う病気である「うつ」ですね。怒りとか不安とか恐怖といったネガティブなものだけでなく、社会性やコミュニケーション能力というポジティブな面も含めて、気持ちに左右される行動というのを情動行動といいます。
情動行動に注目された理由はあるのでしょうか?
塩崎
情動行動は我々の生活に密接に関係しています。デジタル化でSNSが炎上したり、子どもから高齢の方まで、さまざまな不安に悩まされていると思いますが、こういうものを少しでもや和らげることができたら社会貢献できるのではないかと考えたのが、研究のきっかけです。
病気や社会的な不安を和らげたいと考えられているんですね。
実験に魚を使うのはどうしてですか?
実験に魚を使うのはどうしてですか?
塩崎
マウスやラットを使うのが一般的なイメージだと思いますが、じつは魚は情動がものすごく発達している生物なんです。我々が普段感じているものが魚にも存在していて、それが行動に非常にクリアに出るんです。
そういう点が研究をする上でとても有用なんです。
意外にも、実験しやすい動物なのは驚きです!
塩崎
哺乳類の生命維持に必要な遺伝子はほとんどが魚にも保存されていて、特に小さな魚類は飼育が容易です。一回の産卵で100~200個の卵を産んで、二日で卵が孵る。マウスに比べて非常にたくさんの個体が得られて、実験がしやすいんです。
ゼブラフィッシュの情動行動についての実験
具体的には、どんな実験をされているのですか?
塩崎
情動についていくつかの実験テーマがあるのですが、そのうちの1つが、不安のゼブラフィッシュを作って、そこから薬を創ることです。不安のゼブラフィッシュ?
塩崎
例えば、不安を感じていないゼブラフィッシュは水槽の上層を泳ぐのですが、不安を感じると下の方を泳ぎます。本能的な動きなんですね。製薬会社と共同研究しているある薬剤を摂取すると遊泳行動がもとに戻る。
このように行動で、非常に簡単に評価できます。
魚はただ適当に泳いでるだけかと思ってました……。
塩崎
他にも白黒水槽試験というものがあって、これは水槽を黒と白に分けると、魚って不安なときは黒の方へ行くんです。なぜかと言うと、敵に見つかるのが怖いからですね。不安じゃない時は白の方に出てきます。
本当に分かりやすい動きをするんですね。
塩崎
また、鏡のある水槽を使った試験では、魚は映り込んだ魚を他の魚だと思うんです。我々人間も不安が高い時って、仲良くしようとかコミュニケーション取ろうとか全然思わないし、他の人のことってどうでも良かったりしますよね。
鏡の前でゆったり泳ぐ状態は、社会性が高くて不安が少ない状態と言うことができます。
色々な実験を通じて、魚の情動行動を解明されているのですね!
塩崎
基礎的なところでは、情動に関連がある新規の遺伝子を見つけることですね。魚は遺伝子の数が哺乳類より多い。魚は複雑な場所に棲んでいて種類も多いので、遺伝子の機能が多岐に渡っているんです。
遺伝子を調べようという話から、次は情動が面白いんじゃないかと繋がり、今の研究テーマになっています。
魚の研究は医学でも、水産でも活用できる!
水産学部で創薬など医学系の研究ができるのは意外ですね。
塩崎
水産学部の一般的なイメージって漁師や養殖ですよね。魚を勉強することは水産学部の仕事。魚の専門家として?
塩崎
遺伝子のある機能が見つかった場合、人でも保存されている場合もあれば、魚類だけという場合も当然ある。魚で実験したときに人で再現できるかはまた話が別なので。
魚の研究が人に応用できるのか少し疑問に感じてました……!
塩崎
医学系は人に応用できなければ意味がない。でも水産学部は、たとえ人に応用できなくても、魚の新しい機能が見つかったなら、それはそれでいいじゃないかというのがいいところ。
ここで得られた結果は医学にも応用でできるし養殖業や水産業などでも活用できる。
どっちに転んでも出口があるんです。
なるほど!水産学部ならではという感じですね!
医学と水産学の両輪で研究をされている方は多いんでしょうか?
医学と水産学の両輪で研究をされている方は多いんでしょうか?
塩崎
モデル動物を作ってなにかやろうというのは、水産学部では珍しいですね。どちらかというと生物として、「この魚はどういう生態なのだろう」ということを研究している人が多いです。
魚をモデルとして、しかも医学でも水産学でもどちらに転んでもいい、と思って研究している人はあまりいないと思います。
現在の研究へ至る経緯
学生時代の研究についても聞かせて下さい。
塩崎
大学院では農学部の水産学系の研究室で、ちょっと変わった研究をしていました。ニジマスを使ったストレスの研究です。
人への応用というよりは魚の研究ということですね。
その後、現在の研究に繋がるきっかけなどはあったのでしょうか?
その後、現在の研究に繋がるきっかけなどはあったのでしょうか?
塩崎
転機としては、宮城県立がんセンターでポスドクをしていた時ですね。魚の研究ではなく、遺伝子やタンパク質、病気について研究するうちに興味が湧いてきました。みんなすごく深刻だし、不安だし。病院にいるうちに人の役に立ちたいとか、研究している遺伝子でなにかしたいと思うようになりました。
病院での経験がきっかけなんですね。
塩崎
実際には10年程前に鹿児島大学に来て研究室をもつようになり、魚を使って疾病に繋げようと考えたのがスタートです。遺伝子を欠損した「ノックアウトゼブラフィッシュ」のように色んな動物を作りはじめて、情動のところに来たといった変遷です。
技術の進歩もあり、現在の研究に辿り着いたんですね。
塩崎
今年はコロナで、特に「不安」といった言葉がクローズアップされますが、根底としては病気に対する不安や、病気そのものを治したい、緩和したいという思いが、研究室を運営するなかで思ってきたことです。魚への興味は昔からですか?
塩崎
4年生で研究室に入った時はそんなにいい学生じゃなくて(笑)。卒論テーマが与えられてただやっていくっていうのがスタートでした。
今考えると、ニジマスを使った研究が面白いというよりも、研究そのものがおもしろかったんですね。
研究のおもしろさってどんなどころですか。
塩崎
勉強ってわかっていること、教科書を勉強するじゃないですか。わかっていることを勉強するというのも重要なんですが、それよりも誰もわからないことを見つけるところですね。
そういうのが僕はものすごくおもしろいなと思いました。
研究をやっていく中でおもしろさに気づいたんですね。
塩崎
その時はテーマが決まっていたので、将来は研究者になって自分がやりたいテーマで、学生さんと一緒に考えながらやっていきたいというのがありましたね。別にニジマスが好きだったというわけではなかったです(笑)。
そうなんですね(笑)。
塩崎
そもそも農学部に入ったのも、祖母の家が農家だったので、なんとなく農学部かなという感じだったんです。たまたま水産生物と出会って現在のところに来たんですが、あまり前向きじゃなかった。
今は自分を反面教師にして、学生にはちゃんと考えて、前向きに選択することを言っていこうと思っています。
インタビューは後編に続きます!