微生物潜在酵素(天野エンザイム)寄付講座
東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻
インタビュー
2020.04.30
微生物から「生きるとは何か」を追求する。微生物潜在酵素の研究とは?|東京大学尾仲宏康先生インタビュー【前編】
今回は東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻「微生物潜在酵素(天野エンザイム)寄付講座」の尾仲宏康先生にお話を伺ってきました。
私たちが日常の生活では意識しない微生物の存在。その微生物の「ものづくり」能力に着目し、抗生物質など微生物が生成する化合物の「ものづくり」メカニズムを解明。
独自の培養方法で新たな物質を発見し、生成メカニズムや抗生物質の働きの解析から新たな薬の開発を目指されている尾仲先生。
ご自身の趣味であるお酒にも、微生物研究を生かして、新種の酵母から酒造りをするなど好奇心が溢れ、バイタリティあふれる先生の興味深い話を前編、後編に渡ってお伝えします。
微生物を通して「生きるとは何か」を知る!?
はじめに、研究室ついて聞かせて下さい。
尾仲
研究室の名前は「微生物潜在酵素寄付講座」で、今は「天野エンザイム」という産業用酵素を作っている会社の寄付により運営されています。寄付講座は、一般の研究室との違いはありますか?
尾仲
学生にとっては、まったく同じですね。異なるのは、運営の費用(人件費や研究室の経費)を大学ではなく、寄付していただいている会社が出しているという点です。
農学生命科学研究科の学科内でも6、7個あるんじゃないですかね。最近はこのような寄付講座も少し増えています。
研究内容に会社の意向が反映されたりするのですか?
尾仲
我々の研究室の場合は、研究についてはノータッチで寄付だけです。純粋に研究を支援してくれるパートナーですね。代わりに冠講座のようなかたちで名前を入れています。なるほど。共同研究とはまた違うのですね!
次に研究内容について、聞かせてください。
尾仲
一言で言うと、微生物を活用した「ものづくり」の研究ですね。具体的な研究内容としては、大きく分けて3つです。
1つ目はどのような内容でしょうか。
尾仲
微生物は抗生物質を作ります。「どういう微生物が、どういう種類の抗生物質を、どうやって作るのか」という、微生物が抗生物質を作る仕組みについて研究しています。
さらに、なぜ薬を作るような微生物がいるのかについても研究しています。僕らにとっては役に立つんですが、彼らにとっては一体どういった意味合いの行動なのか、そういうことを研究してます。
微生物が抗生物質をつくる仕組みや意味合いについて、深く研究されているんですね。
尾仲
2つ目は、微生物の「ものづくり能力」を科学技術的に応用することですね。仕組みや意味を理解した上で、薬をつくることなどに応用するということですね。
尾仲
3つ目は、そもそも環境中で抗生物質を作る必要性というのは何なのか。壮大なテーマですね!
微生物を見ていると、生きてるのを感じますか?
微生物を見ていると、生きてるのを感じますか?
尾仲
感じますよ!寒天プレートに植えると初日は見えないんですが、翌日になるとこんもりと見えるんです。フラスコのなかで液体培養で、シェーカーで振ったりするわけですが、最初は濁ってないのに時間とともに段々と濁ってきて、そうすると、「あ、生きてるんだ」と感じますね。顕微鏡を覗くと、うじゃうじゃうじゃと微生物がいるわけです。
微生物はそんなにあっという間に増えるんですか!
尾仲
そういう性質を、ものづくりに使いたいなと思っているんです。一つ一つの微生物は微量のものしか作らないけど、簡単に増えていくという性質があります。
す、すごい数……!
尾仲
僕らがよく扱っている微生物は常温常圧の環境、つまり温度を上げる必要も圧力をかける必要もないので、有機合成に比べてマイルドな条件で、エネルギーを使わないで餌だけを与えていれば、どんどん増えていく。そこからうまく効率的に抽出してものを作って取ってくるという、環境に負荷をかけない方法ですね。
難病の特効薬にも!抗生物質を作る放線菌
菌には多くの種類があると思いますが、どのような菌を研究されてるのですか?
尾仲
我々は、抗生物質を作る代表的な菌の放線菌というものを扱ってます。抗生物質は薬のもととなる天然物として発見されているもので世界中で12,000種類くらい発見されています。その半分が、放線菌という微生物がつくっていると言われてます。
放線菌?
尾仲
放線菌というのはどこの土の中にもいて、いわゆる分解者の役割をしています。もちろん放線菌だけじゃなく、カビとかいろんな微生物と協調して、虫などの死骸や植物が枯れた後に土に戻るところで分解して土に戻してます。その分解者のひとつなんですね。
放線菌は抗生物質を作っているのですね!
尾仲
2015年にノーベル賞を取った大村智先生は、伊豆の川奈の土からアフリカの風土病、難病の特効薬、エバーメクチンを作る放線菌を発見しました。そういう大きな功績につながるような微生物だと思います。土壌の菌からノーベル賞が生まれるなんて!
尾仲
抗生物質が一般に知られた最初のきっかけは、第二次世界大戦の頃です。当時は結核が流行っていて非常に怖い病気だったのですが、アメリカの研究者が発見した「ストレプトマイシン」という放線菌が作っている抗生物質を結核患者に打ったら、みんな結核が治ったんです。
私たちの生活には欠かせない、頼もしい存在ですね。
尾仲
一般的に土から採取するのですが、確立されていている方法で採っても、だいたい同じような菌しか採れないんですよ。菌は見えない、手探りなのでわからないんです。目に見えないものを探すのは大変そうですね……。
尾仲
そこは研究者としては面白いところでもあります。その場でライブで土を虫眼鏡みたいな感じで見たら菌が見えて、「この菌だ!」という感じで採ってこられるようなライブイメージングができれば面白いなと思ってます。
他者とコミュニケーションする放線菌!?新しい化合物の発見
次は、採取した菌から抗生物質を取りだす方法について聞かせてください。
尾仲
菌というのは、実験室の中で培養するとき自然界の土の中でいる時では、やっぱり居心地が違うと思うんです。菌の「ものづくり」にも、環境が大事なんですね。
尾仲
ゲノム情報から「本当はこいつはもっと能力があって、もっといろんなものを作るはずだ!」というのがわかってるんですが、実際に実験室で作らせるとあんまり作らない。「なんかちょっと、期待外れだな」というような(笑)。なかなか手がかかりますね(笑)。どうしたら抗生物質を作るようになるんですか?
尾仲
実験室の中で培養するときは、いわゆる純粋培養といって、菌を一つ一つ分離して他の菌がいないような環境でのびのびと培養してもらう。すると切磋琢磨がないから、どうも菌は薬を作らない。放線菌と別の菌を混ぜると、境目のところで真っ赤に出血したような色素性の抗生物質を出すんです。要は、接触しているところでしか抗生物質を作らないということで、別の菌が刺激を与えていることがわかる。
複合培養で、新しい化合物を発見されたのですね!
尾仲
結局その方法を使って、刺激を与える菌と土から分離した放線菌を幾つか混ぜて培養すると、純粋培養では作らないような色々なものを作るんです。菌の世界にも社会性がある!?
尾仲
あとは概念というか、まだ想像の域なんですけど、実は微生物って土の中では単純に勝手に分裂して生きてるんじゃなくて、他者とコミュニケーションしているんじゃないかと考えています。菌同士がコミュニケーションをしている、ってどういうことですか!?
尾仲
放線菌とそれに刺激を与える菌、この二つが組み合わさった時に、放線菌の方が反応して抗生物質、薬のもとを作っている。二つが一緒になった時だけ、赤い色素を作っている。土の中では、この二者ではなくて色んな菌がいるんですよね。なので、他の菌との関係ではこの二つの菌が助け合っているのではないかと考えています。
なるほど。菌も単独で生きているわけではなく、相互に関わり合っているなんて興味深いですね!
尾仲
イソギンチャクとカクレクマノミの世界じゃないですけど、お互いが助け合って第三者、他の菌からの攻撃を寄せ付けず、結果的にお互い生き延びられる。これは我々のちょっと妄想に近いところではあるんですけれども、今やっている研究を通して、そういう概念を確立できたら面白いなという風に思ってます。
【後編】