海洋変動力学研究室
九州大学総合理工学府大気海洋環境システム学専攻
インタビュー
2020.11.18
プラスチックを減らすだけではダメ?海洋プラスチックごみの未来を考える|九州大学磯辺篤彦教授インタビュー【前編】
今回は九州大学総合理工学府大気海洋環境システム学専攻海洋変動力学研究室の磯辺篤彦教授にオンラインインタビューを行いました!
海洋物理学の研究、海岸プラスチックごみの発生源を特定するコンピュータシミュレーション、現在取り組まれているマイクロプラスチックの将来予測から環境問題への正しいアプローチについてなど、私たちの生活にも関わるお話を伺いました。
コンピュータシミュレーションで海洋プラスチックごみの発生源を突きとめる
はじめに研究内容について聞かせて下さい。
磯辺
専門が海洋物理学、海洋力学という分野です。地球の回転する上での流体力学というと、大気か海しかないわけですが、なかでも海を扱っています。ざっくり言うと、海流の研究が主です。
海流の研究?
磯辺
海流はどこから来て、どこへ行き、なにを運び、それが将来どうなるのか。また、地球環境そのものをどんな風に変質させていくのか、という研究です。海流の地球環境への影響などを研究されているのですね!
磯辺
学部の卒業論文からずっと海流の研究をしてきました。特に30, 40代は川の水が海でどう広がっていくのか、なぜそうなるのか、という理論的な研究が多かったです。
どのような研究でしょうか?
磯辺
大気と海洋というのは、海面を通して互いに熱を交換し合っています。大気が変われば海洋も変わり、海洋が変われば大気も変わるような感じで、相互作用をします。その相互作用のあり方の研究を進めてきました。
先生は海洋プラスチックごみの問題にも取り組まれてますね。
磯辺
12、13年程前から海洋プラスチックごみについての研究を始めました。九州には海岸に漂着している海洋プラスチックが多いので、それがどこから来たのかを逆算するシステムを開発をしていたんです。
そんなことできるんですね!
磯辺
海洋学の最先端というのはコンピュータシミュレーションで海流を表現しますが、それだけではなく同化(アシミュレーション)というテクニックを使います。同化というのは、どういったものですか?
磯辺
コンピュータシミュレーションで再現した波や風はバーチャルな世界なので、時間が進めば進むほど実際の海とずれてくるわけですね。ずれてきたら、海洋ロボットや人工衛星などの実際の観測で得た現在や過去のデータに修正してやるようなアルゴリズムを組み込んだコンピュータシミュレーションです。
実際の海洋データで修正するんですね。
磯辺
同化プロダクトと言うのですが、非常に正確な海流情報を与えていて、5、6年程前からこれが観測に取って代わるくらいの精度をもった新しいプラットフォームとして使われるようになっています。コンピュータ上で海流が把握できてしまうなんてすごいですね!
磯辺
こういったツールが進化した状況下では、海のプラスチックがどこから来たかが簡単に分かるんです。同化をかけたコンピュータシミュレーションで海流の流れを逆向きにしてやれば遡って元の場所へ帰っていくわけですよ。そんなに細かく特定できるんですか!
磯辺
バリデーションといいますが、こういうシミュレーションをする時には必ず現場に行かなければいけないんです。現場のデータを取って合致しているかどうかを比較しなければならないんですね。ごみの量はどのように調べるのですか。
磯辺
海岸でゴミを数える時に、細かく砕けて数が数えられないようなものが非常に多いのに気づきました。当時は対象外として無視して、それ以外の大きなプラスチックごみを数えることに努力を傾注しました。気の遠くなるような長期間の作業ですね。
磯辺
今やっているプロジェクトは、ドローンにカメラをつけて深層学習でプラスチックの画像解析を抽出しています。ドローンで撮ると多角的にいろんな方面から海が撮れるので、それで体積が分かる。割と短い時間で海岸に落ちているプラスチックごみの体積を集計できるんです。
深層学習はいろんな分野に応用されていますね。
磯辺
深層学習で学習を重ねていけばプラスチックごみでも、プラスチックと判定してくれる。僕が思っている以上にちゃんとわかるんですよね。海岸に落ちてるゴミとか、画像処理には結構強いなと思います。
ドローンを使ったり、深層学習で画像解析をしたり、最先端の技術を活用して研究されているのですね。
磯辺
技術は進んでいるのですが、それでも細かなプラスチックに関してはどうしようもなかった。それが気になって、十年程前から海にどれだけ落ちているか、流れているか、また海岸にどれだけ散らばっているかを調べる研究から着手しました。世界でも先駆けて!
磯辺
僕が研究を始めた頃はマイクロプラスチックの研究論文は年間一本出るかどうかくらいだったんです。でも今はそういうデータがドカッと集まって、数時間に一本のペースで論文が出てるくらい、世界的に人気のテーマに引っ張り上がっています。
テーマに取り組むきっかけは「勘」!?
海洋プラスチックに注目されたきっかけはなんだったのですか?
磯辺
それをよく聞かれるんですよ。なんていうんですかね。勘ですかね。海岸に行ってプラスチックがいっぱいあった時に、「これはすごいな」と思ったんです。全然論理的じゃないんですけど。
第六感的なものですか。
磯辺
研究は論理的に積み上げていくものですよね。エビデンスを集めてそこから論理が集まって、それからそれを更に積み上げていって、相応しい方法論を探していってという形で非常に論理的なものなのですが。スタートは直感的なものなんでしょうかね。
磯辺
同じ研究テーマをしている研究者がいっぱいいるということは、そういうことを最初に思った人が他にもいるということですよね。そのためにはどうすればいいのでしょうか。
磯辺
現場に行って、実際探してみて問題意識を持たなきゃいけないですよね。コンピュータシミュレーションのバーチャルな世界だけでやろうと思ったら、小さなプラスチックは見えない。
実際に見ることが大事かもしれませんね。
磯辺
見たことがないものは想像もできないわけだし、そういう意味では現場に行くのは一番大事なことだったなと、今になって思います。僕は決して現場を知らなきゃダメだというような泥臭いことを言うつもりは全くなくて、現場を知らなくてもできることはいっぱいあると思うんですけど、現場に行かないと始まらないこともあると思いました。
マイクロプラスチックが地球に与える影響
社会や企業でゴミを削減する動きがあるなかで、社会問題として海洋プラスチックごみの問題をどんな風に捉えてますか?
磯辺
環境問題に貢献できるのは、非常に素敵なことだと思う。ですが、根っこにある動機はちょっと違ってて、もう少し理学的です。
絶対になくならないって怖いですし、地球環境に影響を与えていきますよね。
磯辺
しかもポリエチレンとかポリプロピレンとか生産量の半分を占めるプラスチックは、水に浮くんですね。海に浮かび続ける、なくならない、腐食分解しない。このようなものが大量に出てきたというのは、この長い地球史のなかではじめてなんです。
割とハラハラドキドキ興味をもって見ています。
先生はどんな風になっていくと考えられていますか?
磯辺
最悪のシナリオはプラスチックがどんどん細かくなっていって、全然腐食分解せずに海にずっと浮かび続ける。小さいプラスチックはややこしい所にどんどん入っていくので、海洋生物系がどんどん取り込んで、海洋生態系にダメージが出てくる。そういうことが起こるだろうという実験がいっぱいあります。それが人間に跳ね返って、人間が取るようなタンパク源が減っていく。これが最悪のシナリオですね。
楽観的なシナリオはどういったものでしょうか。
磯辺
最も楽観的なシナリオは、地球環境というのはそういった新しい物質に対して案外強靭に機能するところがあるというものです。海の底に沈んだマイクロプラスチックはどうなるんですか?
磯辺
光の届く海の上層の生態系から深層にプラスチックを落としていって、生態系から切り離していく。これは地球のレジリエンス、復元機能ですね。それが非常にうまく働いていて、海洋プラスチック汚染というのは一定程度に収まるだろうというのが楽観的なシナリオですね。
今後、どちらが現実になっていくのでしょうか。
磯辺
どこに落ち着くのかというのは、まだよくわからない。そこを明快にしたいのというのが、僕の地球科学的な興味です。ただ、それはあくまでも研究の後にくる話であって、実はそれが動機ではないんです。こういうことを言うと、怒られるかもしれないけど。
ジレンマのなかで最善を探すのは社会の知恵
「プラスチックフリー」のように、社会でもプラスチックを減らそうとする動きがありますよね。
磯辺
プラスチックを減らしていこうという動きも割と冷ややかに見ているところがあります。もちろんプラスチックを減らすこと、そしてどこまで減らさなきゃいけないのかを考えることはとても大事なことだし、地球温暖化において「ここまで減らさなきゃ、結果こういうことになります」ということを言っていくのは、サイエンティストの役目だと思うんですね。
無茶とは、どういうことですか?
磯辺
プラスチックは富裕層の贅沢品ではないわけですから。プラスチックを使うことで成り立つ清潔な暮らしや福祉が、世界中にいっぱいあるわけです。安くて、非常に優秀な輸送手段を提供しているわけです。
確かにそうかもしれませんね。今の暮らしにはプラスチックは欠かせないですよね……。
磯辺
プラスチックそのものはそれはそれで良くないんですね。【インタビュー後編】
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