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研究にかかるお金と欲望について
研究にかかるお金について
博士課程にとってお金の問題は重大である。この問題は一般論で語ることが難しい。なぜなら研究にかかるお金が違いすぎるからだ。実験系の研究であればそれなりの設備や薬品が必要になるだろうし、人文系で現地調査をするならば移動や滞在の費用は相当なものになるだろう。一方、部屋に籠もって文献の中から新たな発見をする人もいるかもしれない。同じ分野でもアプローチによって掛かるコストは様々だ。
僕の研究分野は大まかに言うとコンピュータサイエンス、中でも理論研究に分類される。基本的には数式をこねくり回しているだけなので、紙とペンがあれば良い。近似解を解くアルゴリズムであればプログラムでシミュレーションを行うが、スーパーコンピュータを使うまでもない。個人で使っているPCで十分だ。
コロナ禍ということもあり、ずっと家で研究をしている。1年半は大学に行っていないような気がする。それでも何の問題もない。学費はちゃんと払っているので大学のVPN接続で世界中の論文にもアクセスできる。素晴らしい世界だ。一度大学を離れていた頃に一人で研究をしようとしたことがあるが、読みたい論文にアクセスできないことも多かった。しかしオープンアクセスも増えているので趣味として行う程度であれば可能だと思う。もちろんそれが学術的に価値がある研究に繋がるかは別の話だが。
何が言いたいかというと、自分の研究にはほとんどお金がかからない。これはすごく幸運なことだと思う。思えば趣味についてもそうだ。僕は毎日ラジオが聴けて時々お笑いのライブに行けるだけで満足してしまう。松屋のカレーもサイゼリヤのスープも本気で美味しいと思っているし、スマブラやテトリスを1000時間プレイしても飽きない。お金がかからない。もし車が好きで、高級腕時計を身に着け、タワーマンションに住む生活に憧れていたら。きっと今の自分では満たせない。自分の欲望を満たすのにお金がかからなくて良かった。欲望は自然と湧いてくるものだとしたら運でしかない。本当に運が良かったと思う。
欲望はどのように生まれるのか?
しかし本当に運なのだろうか。昔のことを思い返してみる。山梨の田舎のそれほど裕福ではない家庭で育った。子供ながらにあまりわがままを言ってはいけないと思っていた。漫画の単行本を買ってもせいぜい数十分程度で読み終わってしまうので、活字の本を読むようになった。本を読むのが遅かったので、文庫本でも3,4時間掛かった。同じ数百円でも長い時間楽しめる活字の方がコスパが良いと気づいた。そして学校や町の図書館に行けばタダで何時間でも楽しめてしまう。世紀の大発見だ。社会の仕組みに感謝した。ゲームソフトを買うときは入念に下調べしてじっくり選んだ。マリオ64は120個のスターを集めたし、スマブラも全キャラある程度使いこなせるようになった。中でも風来のシレン2は格別の面白さだった。1000回遊べるなんてキャッチコピーがあるが、謙遜もいいところである。一生遊べる。事実未だに現役である。無人島に持っていきたい1本だ。
育った環境のお陰で自分の持てる範囲で楽しむという術を身に付けたような気がする。制約は創造性を高めると聞いたことがあるが、自然とそういう性格になってしまったのかもしれない。それが良いことなのかは分からない。(とはいえ今にして思えば本当に欲しかったものは買ってもらえたし、大学へ行く選択肢もあったので全然恵まれていた方なのだと思う。)傍から見たら未だにNINTENDO64で遊んでいる姿を不思議がるかもしれない。もっと面白い最新のゲームがあるのに。一応言っておくと僕はNintendo Switchも持っているし、ゼルダの伝説ブレスオブザワイルドやスプラトゥーン2を遊んだ上で、やっぱり風来のシレンが面白いと思っている。
確かなこと
人それぞれ好みも違えば欲望も違う。それを満たすためにかかるお金も違う。研究においてもそうだ。これが運なのか自分で選択したものなのか、はたまたその両方なのか分からない。少なくとも自分はそれほどお金が掛からないタイプであることは間違いない。だから他者のお金の悩みに対する言葉がない。僕は一度博士課程を中退した。そのときは奨学金という名の借金がX00万円あったし、就職先も決まっていなかった。それでも何も問題はなかった。毎日ラジオが聴けるだけで十分だった。だからみんなも大丈夫。なんて口が裂けても言えない。たまたま自分がそれで楽しく生きていける人間だっただけだから。
ただこれだけは言いたい。研究に真摯に向き合う人が僕は好きだ。研究は世界中でまだ誰もやってないことに立ち向かう行為だと思う。何の役に立つのかも分からない、誰からも頼まれてない孤独な行為だ。僕はその姿だけでも十分に価値があると思っている。その人たちが充実して暮らせる世界であってほしいと思う。そのために自分ができることは何だろうか、なんてことを真剣に考えていたりする。そんなことを想いながら、自分にできる範囲のことを黙々と続けていくしかないのだろう。確かなことは一つ、風来のシレンしか勝たん。