小林宏研究室
東京理科大学工学部機械工学科
インタビュー
2020.03.26
大学の研究室から世界市場へ向けた製品を!「マッスルスーツ」の研究開発への想いとは?|東京理科大学小林宏教授インタビュー
今回は東京理科大学工学部機械工学科の小林宏教授にお話を伺ってきました。
小林先生は東京理科大学工学部の教授を務める傍ら、人工筋肉を使用した装着型の作業支援ロボット「マッスルスーツ」の製造・販売を行う大学発ベンチャー企業「株式会社イノフィス」の取締役も兼務されています。
研究開発だけでなく、成果物を製品化し、販売まで行う理由とは
大学の研究室でありながら、ベンチャー企業のような小林研究室の魅力に迫ります!
人の役に立つ研究がしたいという想いから「マッスルスーツ」へ
現在は「マッスルスーツ」の開発を中心に研究を行っているようですが、以前はどのような研究を進められていたのでしょうか。
小林
もともとモノづくりが大好きで、学部時代は、4枚のローターを備えた回転翼機「マルチコプター」の制御の研究をしていました。マルチコプター!今の研究と全然違いますね。
小林
90年代に入るとPCの性能が飛躍的に向上したこともあり、修士課程からは人間とロボットのコミュニケーション、とりわけノンバーバル(非言語)コミュニケーションに関する研究を始めました。ノンバーバルコミュニケーション?
具体的にはどのようなものでしょうか。
具体的にはどのようなものでしょうか。
小林
人工知能(AI)による人間の顔の表情の自動認識、人間と同じような顔の表情を表出するロボットの研究を手掛けていました。もともと制御工学や認知工学に関する研究をされていたわけですね!
小林
1996年から2年間、日本学術振興会の海外特別研究員としてチューリッヒ大学に留学し、AIの研究をしたのですが、研究を初めて1ヶ月も経たないうちに、人間と同等の自我を持つ知能を実現するのは絶対に無理だということがわかりました。1ヶ月で……。
小林
途中で帰国するわけにはいきませんので、AIを使ってサハラ砂漠に棲むアリの生態を再現する研究を行いました。このときに自分が本当に何をやりたいのか、あらためて見つめ直すきっかけになりました。
具体的には、どのようなことを考えられたのでしょうか。
小林
一言でいえば、エンジニアとして人の役に立つ研究がしたい。これに尽きると思います。これが、エンジニアとしての私が本当にやりたいことではないかと思ったんですね。
おぉ!研究だけでなく、実用化した先の流通まで考えられたのですね。
そこからなぜ「マッスルスーツ」の研究開発を手掛けることになったのでしょうか。
小林
「人の役に立つ研究」ということで最初に考えたのは、自分自身が生きていく上で一番嫌なことは何かということです。私が一番嫌だと思ったのは、寝たきりになるなどして、他者の助けなしには生きていけない状態になること、すなわち「自立できなくなる」ということでした。
自分にとって重要な問題から出発するというのはすごく大事なことだと思います。
小林
そこで、2000年代初頭から「マッスルスーツ」や歩行支援ロボット「アクティブ歩行器」など、人間の身体をアシストするロボットの研究を始めたのです。当時はホンダのASIMOを始め、二足歩行ロボットの研究が盛んに行われていましたね。
こちらの道を選ばれなかったのには何か理由があるのでしょうか。
こちらの道を選ばれなかったのには何か理由があるのでしょうか。
小林
ええ。二足歩行ロボットの開発は画期的でしたが、それ以上でもそれ以下でもないと思ったんです。とおっしゃいますと?
小林
さまざまな企業や大学研究室がヒューマノイド・ロボットの開発を進めていましたが、不整地を歩くことは全然できませんでしたし、手に持てるものも非常に限られていた。技術的にみても外部環境を全て取り込むことなどできませんし、本体とアクチュエータのバランスを取るのは非常に難しいことは明らかでした。
人の役に立つヒューマノイド・ロボットをつくるのは難しいと。
小林
ええ。人間そっくりのロボットをつくるよりも、人の動きをアシストする器具を実用化した方が、人の役に立つのは間違いないという確信がありました。そこでウェアラブルロボットの研究開発を進めることにしたんです。
「マッスルスーツ」における4つのブレイクスルー
「マッスルスーツ」の実用化に向けた取り組みをどのように進められたのでしょうか。
小林
2000年代前半から試作品を展示会に積極的に出展し、多くの来場者に着用してもらっていました。国際ロボット展をはじめ、どの展示会でも最も人の集まるブースになっていましたし、さまざまな企業から協業や事業化のお誘いをいただいたこともあり、当初から大きな手応えを感じていました。
比較的早くから実用化、量産化を実現することができたということでしょうか?
小林
いえいえ。実用化に目途がついたのを機に2013年にイノフィスを創業し、製品の開発・改善を着々と進めていたものの、経営のあり方など、乗り越えるべき課題は多く、量産化はなかなか実現できませんでした。経営も関わってくると色々難しい問題もありそうですね……。
小林
本格的に軌道に乗ったのは2017年12月、日本銀行出身でボストンコンサルティンググループや経営共創基盤のディレクターなどを務めていた古川尚史さんに代表取締役社長執行役員CEOに就任してもらってからのことですね。「マッスルスーツ」のブレイクスルーを挙げるとすれば何でしょうか?
小林
4つの要因が挙げられると思います。そこで、腰の曲げ伸ばしという一つの動きをアシストすることに専念したのです。
第2のブレークスルーについてはいかがでしょう。
小林
2010年、訪問入浴介護ビジネスを手がけるアサヒサンクリーン株式会社との共同開発を始めたことですね。訪問入浴介護の現場でマッスルスーツを利用してもらい、フィードバックをもとに課題を掘り起こし、次々につぶしていきました。
実際に使ってもらえると色々な課題も見えてきそうですね。
小林
当初はどこをどのように改善すればよいのか、ポイントがつかめない部分もあったのですが、現場の方々と知恵を出し合いなら改善を進めていくうちに、多くのノウハウを蓄積することができました。3つ目のブレークスルーについて聞かせてください。
小林
人工筋肉の使い方を変えたことですね。モーターを使った器具よりも大きな力が出る上に、軽量で、誤動作が起きる可能性がないということで、当初から人工筋肉を使用していたのですが、最初は外部のコンプレッサーを使って空気を送り込んでいました。
電気も使わないんですね!
小林
例えば、人工筋肉のゴムチューブにわずかな圧力をかけるだけでも、腰を折り曲げたりして体積が小さくなりその分圧力が増すと、より大きな力を生み出すことができる。コンプレッサーを使用していたときと遜色のない機能を果たすことができるんですよ。第4のブレークスルーについてはどうでしょうか。
小林
価格の大幅な値下げに成功したことですね。価格が下がると普及しやすくなりますね!
小林
これらの取り組みが功を奏し、「マッスルスーツ」は月に2000台以上売れるようになりました。2019年までの販売数が累計4000台でしたから、以前とは比べ物にならないペースで浸透しつつあるといっていいでしょう。
おぉ!素晴らしいですね!
「マッスルスーツ」の本格的な普及が進む今日、新たに見えてきた課題があるとすれば何でしょうか。
「マッスルスーツ」の本格的な普及が進む今日、新たに見えてきた課題があるとすれば何でしょうか。
小林
「マッスルスーツ」をご利用いただくシーンが飛躍的に拡大したことで、お客さまから改善のご要望をお寄せいただくケースが増えてきました。そこで、2020年1月から1カ月間生産を止めて、技術的な課題を一気に解決したほか、チェック・検査体制の充実など生産管理のレベルアップを測りました。
これまでの取り組みにより、基本的なノウハウはほぼ全て把握していますが、今後も適宜改善を続けていく方針です。
研究室のテーマは同時並行で20以上も!?夢はコミュニティの創造
マッスルスーツのほかには、研究室ではどのような研究をされていますか。
小林
マッスルスーツの研究に特化しているわけではなくて、研究室では常時20以上のテーマが走っています。20以上も!
小林
2010年に実用化した「アクティブ歩行器」の研究もその一例です。面白いところでいえば、化粧品メーカーの肌分析のプログラムの開発がありますね。
研究テーマはどのように選択されているのですか。
小林
そこは非常にシンプルです。ゴールが明確に定められるものしかやらないということです。“手をつけてみなければどうなるかわからない”といった類のテーマには手をつけないということです。
学生の指導方針についてはいかがでしょうか。
小林
学生の皆さんには、私が与えたテーマについて研究してもらい、設計にも挑戦してもらっています。モノづくりが好きな学生ばかりですが、学生には自分の設計した製品が人や社会の役に立つことの楽しさを学んでほしいと思っているんです。
自分のやっていることが製品になるのはとても良い経験ですね!
小林
キラキラしていて、一生懸命に研究に打ち込む若者たちと一緒にいるのは楽しいし、心を和ませてくれます。ビジネスの現場で厳しい状況に置かれたときには、学生の存在がほんとうにありがたく思えてきますよ。
最後に、今後の目標について聞かせてください。
小林
「マッスルスーツ」や「アクティブ歩行器」など、人の身体をアシストする器具を開発するなかで、医師の方々とお話しする機会があるのですが、保険が適用される診療法や器具でなければ使えないとおっしゃる方が少なくないんです。だからといって、身体に深刻な悩みを抱えた人々を見放していいということにはならないと思います。
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